日本に「食介護」を広めたいわき市平地区の歯科医師・市川文裕氏(享年56)と親交が深かったのが、同地区のシェフ・栗崎透氏(59)=レストラン・シェ・クリサキ。「いわき食介護研究会」で医療・福祉の専門職とは異なる視点で「人生の最後までおいしく食べる」を追求した一人だった。「食育」活動に取り組んだ思い出も。レストランではお年寄りにも食べる喜びを届けられるよう腕を振るい、市川氏の教えを継承している。市川氏の功績を伝える不定期の連載。(事業推進室・西山将弘)
市川氏と親交が深かったシェフの栗崎氏
● 常連客だった市川氏
栗崎氏が市川氏と出会ったのは約30年前。「いわき食介護研究会」が誕生する1998年より前の話だ。現在の場所に移転する前に営んでいたレストランで、ホールを担当していた妻からあいさつするように勧められた常連客が市川氏だった。栗崎氏は「『家に遊びに来な』と誘われた。ただその時は社交辞令を言う、よくいるお客さんの一人だと思った」と第一印象を振り返る。だがその翌日本当に電話が掛かって家に招かれ、市川氏と深夜まで飲み明かしたという。それから交流が始まった。仕事が終わった深夜、市川氏から「面白い人がいるから飲みに来い」との電話がくる日も。月に2、3回以上は一緒にグラスを傾ける仲だった。
● シェフとして「食介護」活動
栗崎氏が「いわき食介護研究会」に入会したきっかけは市川氏の誘い。入会し、市川氏が考えていた「一生おいしく食べ続ける」ための3要素(※1)の一つ「食べる環境」をシェフの立場で考え、医療・介護のスペシャリストに交じって「食介護」を追求した一人となった。毎年の一大イベント「いわき食介護学会」で、栗崎氏は「小児の味覚発育を考慮したレストランの試み」と題して発表。自身で取り組んでいた地元食材の味を親子に伝える活動事例を、専門職とは違うシェフの視点で考えを紹介した。
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● 「食育」活動の思い出も
「いわき食介護研究会」での栗崎氏の思い出深い取り組みは、市内の大野中と小川小での「食育」活動(※2)。地元食材を使って子どもたちと一緒にフランス料理を調理しました。2003年に実施した大野中では、生徒の演出でBGMを流した音楽室をレストランにし、食欲がわく環境をつくって試食。栗崎氏は「食べる楽しさを大人が教えないと、子どもは分からないまま育つ。おいしく味わう体験を与えられたのはよかった」と振り返ります。「食育」面以外では、介護食コンクールの審査員も担当。「嚥下食やとろみ食など、それまでは分からなかった」と栗崎氏。「食介護研究会」は調理のプロも新たな食を学べる機会だった。
※2 大野中の食育活動で生徒に届けた市川氏のメッセージ
● 「あんなに楽しい人はいない」
栗崎氏は市川氏夫婦と家族ぐるみで付き合う仲で、一緒にハワイ旅行に行ったことも。栗崎氏は市川氏が亡くなる直前の面会を許された数少ない人で、それほど信頼も厚かった。栗崎氏は市川氏を「人を集めるのが好きな人たらし」と評し「みんなを親友だと思って接していた」と話す。最盛期には会員350人を超えた「いわき食介護研究会」では、市川氏を起点に様々な人がつながり面白い取り組みが次々と展開されていた。栗崎氏は「SNSが無い時代によくここまでたくさんの人をつないでいたか」と舌を巻く。それだけに「亡くなった後は、何かの映画のセリフのように『ああ、つまんねえ』としばらく喪失感が続いた。あんなに楽しい人はいない」と、市川氏の存在の大きさを語った。
● 人生の最後までおいしく食べ続けてもらえるように
栗崎氏のレストランにはお年寄り連れの家族も多く来店する。お年寄りが完食し、介助する家族が「家では食べないのに」と驚いてもらえた時がうれしいと栗崎氏。1人でも「人生の最後までおいしく食べ続けられる」のを願った市川氏の思いは、このレストランでも生きている。栗崎氏は最近、市川氏の“教え子”たちと会食したという。その時の話題は「(市川氏が)このコロナの時代に生きていたらどうしていただろう。黙っている人ではないから、どんな知恵を出して楽しんでいたか。聞いてみたいなとみんなで話していた」。亡くなって12年が過ぎた今も、市川氏は話題を届けている。
栗崎氏が中学校で「食育」活動した当時の写真
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