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2020年04月23日

食育・口腔ケア 食べることは生きること・市川文裕氏伝記

797. 食べることは生きること・「食介護」を生んだ市川文裕氏伝記③~いわきで全国大会

いわき市の歯科医師・市川文裕氏(享年56)は「いわき食介護研究会」の立ち上げから亡くなるまでの約10年、普及に向けて一気に駆け抜ける。「おいしく食べ続ける」を支援する多彩な職種の代表者が講師を担い、様々なテーマで学び合う定例会を開催。全国にネットワークが広がった絶頂期、「日本摂食・嚥下リハビリテーション学会」公認の全国規模の大会を実現。がん闘病中にも関わらず市川氏は舞台に立ち、全国の仲間に「食介護」をアピールした。「食介護」の提唱者の一人、市川氏の足跡を記録する不定期連載の3回目。(事業推進室・西山将弘)

 

↑いわき市で開催された全国規模の「いわき食介護学会」の舞台であいさつする市川氏=2007年6月30日・いわき市文化センター

 

● いわき食介護学会の記録誌

「いわき食介護研究会」の活動を詳細に記録する冊子9冊が、市川氏の妻・孝子さんによって保存されていた。一冊一冊、きれいにクリアファイルにとじられていたこの冊子は、「研究会」が主催する一大イベント「いわき食介護学会」の記録誌だ。発表者の演題のほか、各年度の年間プログラム、月例会の日時、テーマ、場所などももらさず記録されている。まるで後世に伝え残そうという市川氏のメッセージが聞こえてくるようだ。

 

↑第1回から9回までの「いわき食介護学会」の冊子

 

● 食べ続けるための3本柱 支える専門職

いわき食介護研究会の定例研修会は毎月第4水曜日、午後6時半から開催されていた。創設3年目となる2001(平成十三)年までの講師は、医師、歯科医師ら主に医療職が務めているが、中にはフランス料理のシェフや空間デザイナーを講師に招き、食環境や盛り付けをテーマにした医療・福祉の枠を超えた日も。介護食を囲んだ懇親会も開かれていた。創設4年目以降になると、講師は医療職のほか、介護支援専門員(ケアマネジャー)、介護福祉士、管理栄養士、理学・作業療法士、言語聴覚士、行政ら様々な職種の代表者がバランスよく担当するように。市川氏がたどり着いたおいしく食べ続けるための3本柱「食べる環境」「口腔の健康」「食べる機能の正常」の各役割(※)を認識した職種のリーダーが育ち、縦割りではない連携の成熟が伝わる。講師は各年度で設けられた「食介護の問題点と課題」「アセスメントと対応」「食環境」などの大テーマに沿って各専門職の視点で発表し、他の職種と情報共有していた。毎年度の年間テーマやプログラムはほぼすべて市川氏が考えていた。

 

↑市川氏が講演会などで使用していたスライド画像

 

● 食介護の多様な取り組み共有

「いわき食介護学会」は、「研究会」の設立4年目の2002(平成十四)年にスタート。主に毎年9月に開催され、市川氏が亡くなった2008(同二十)年の後も続き、第9回を数えた2010(同二十二)年に途絶えている。毎回、専門職らが食介護に関する取り組みを発表。興味深い内容では2003(同十五)年の第2回に、中学校時代に地産地消の調理実習を体験した高校生による「食育」の取り組みや、市外から初めて発表者を招いた北海道帯広市の歯科医師による「食と健康支援ネットワーク」の発表も。第5回には市川氏と同時期に「食介護」を学術的に提唱していた大学教授の手嶋登志子氏を招き「食介護論と地域支援」と題した基調講演が行われた。

 

● 全国から400人以上が来場

第6回は「食介護」の全国的な広がりをその“発祥地”いわきでアピールする大会となった。「日本摂食嚥下リハビリテーション学会」(事務局:名古屋市、https://www.jsdr.or.jp/)から公認セミナーを開いてほしいという要望を受け、県内外から400人以上が来場した。タイトルは「おいしく食べる環境を考える~摂食・嚥下障害者の経口摂取への挑戦」。シンポジウムでは市外から笠間焼きの陶芸作家、建築家、音環境コンサルタントといった異色の職種も登壇。「食介護」を志す全国の同志も駆け付け、千葉県柏市の「ごっくんちょ研究会」、岡山市の「食介護おかやま研究会」、広島県尾道市の「食介護を考える会」、帯広市の「食と健康支援ネットワーク」の代表者が活動発表した。

 

↑第6回いわき食介護学会で一緒に記念撮影した市川氏(左)と当法人医和生会(いわきかい)の山内俊明理事長

 

● 市川氏の集大成の一つ

「いわき食介護研究会」の活動が全国に広まったまさに絶頂期のこの大会時、市川氏はがんと闘病し足に強烈な痛みを負っていた。スタッフは欠席の可能性や車いすの使用も想定していたが、市川氏は当日精力的に動いた。「食介護」を全国に広める使命を決死の覚悟で果たすように、市川氏は2つの座長の任務をこなした。いわき食介護研究会を継いだ元代表の医師・皆川夏樹氏はこう振り返っている。「あのセミナーは、市川先生にとっても、御自分の仕事の一つの集大成とお考えになっておられ、全国からの志を同じくする先生方との邂逅は本当に楽しいものだったのだと思います」(第7回いわき食介護学会冊子)。市川氏が亡くなる10カ月前の、最後に出席した「いわき食介護学会」だった。

 

<つづく>

 

【参考文献】

2002年7月「第1回いわき食介護学会」発行・いわき食介護研究会

2003年9月「第2回いわき食介護学会」発行・いわき食介護研究会

2004年9月「第3回いわき食介護学会」発行・いわき食介護研究会

2005年9月「第4回いわき食介護学会」発行・いわき食介護研究会

2006年9月「第5回いわき食介護学会」発行・いわき食介護研究会

2007年6月「第6回いわき食介護学会 平成19年度日本摂食・嚥下リハビリテーション学会公認セミナー」主催・日本摂食・嚥下リハビリテーション学会、いわき食介護研究会

2008年9月「第7回いわき食介護学会」発行・いわき食介護研究会

2009年9月「第8回いわき食介護学会」発行・いわき食介護研究会

2010年9月「第9回いわき食介護学会」発行・いわき食介護研究会

 

【食べることは生きること・市川文裕氏伝記バックナンバー】

①治療は手段、目標は食べること(2020年3月19日投稿):https://iwakikai.jp/blog/3607/

②多職種連携の革新的介護(2020年4月9日投稿):https://iwakikai.jp/blog/3904/