日本で初めて「食介護」を提唱した一人の歯科医師・市川文裕氏(享年56)=いわき市=の亡き後も、「食介護」の普及に努めている医師の皆川夏樹氏(56)。いわきを離れて渡った北海道登別市でも訪問診療をしながら「室蘭・登別 食介護研究会」を立ち上げて輪を広めていた。だがその研究会は休止に。全国的に「食介護」のレベルが高まっていると思いきや、皆川氏は「現場で低下を感じる」と危惧。現在の「食介護」分野の課題を聞いた。(事業推進室・西山将弘)
↑「室蘭・登別 食介護研究会」の様子=北海道室蘭市・2015年(皆川氏の提供写真)
―北海道登別市でも立ち上げられた「食介護研究会」の活動をご紹介ください。
いわきでやっていたのと同様、2カ月ごとに定期研修会と、年一回の市民向け講習会、を基本にしていました。
―「室蘭・登別 食介護研究会」は去年春に休止したとおうかがいしました。活動を続ける難しさを感じますが、休止に至った理由はなんだったのでしょうか?
休止に至った理由は大きく4つです。一つはネタ切れ。いわき時代からすでに、毎月の研修会開催はネタ切れでかなり苦労しておりました。「研修会」の継続としては、ネタ切れというのは大きいです。二つ目は北海道特有の集まる事の難しさ。人口密度が少なく、冬は夜も長く雪も降り、仕事後に集まるのが甚だ難しかったです。三つ目は開始時からの主要メンバーが次々旅立ってしまったこと。大学院に戻ったり、絵かきになると言って言語聴覚士(ST)を辞めたり、病気で故郷に戻ったり…。四つ目は食介護に類似した集まりがありました。当地では栄養士さんの繋がりが強く、栄養士さんの勉強会が定期的にあり、リンクもさせてもらっていましたが、そうした「既にある集まりとかぶる」ということもありました。
―介護食の充実、食前体操の普及、リハビリ技術の向上などで、「食介護」のレベルは誕生当時と比べて全国的に高まったと感じます。
年寄りの愚痴から。…今も、療養型の病院にオブザーバー的に関わっていますが、「現場」のレベルでは、むしろ質が下がったことを危惧はしています。「あの頃」…いわきで市川先生と一緒に活動をしていた頃は、良くも悪くも草創期で皆若くエネルギーに満ちあふれていました。手探りで進めている時の方が皆貪欲で、新しい知識をそれぞれの職種の者が皆、自分のものにしようとしていました。特に、この分野、「食事」に関わることは、少なくとも入院患者さんは、看護師さんが食事介助に関わることが当たり前であり、看護師さんが一番熱心に関わった時代が確かにありました。
―現場では「食介護」の質の向上ではなく、逆に低下を感じていらっしゃるのですね。
今では、この食事の分野が「進歩」したためにかえって、看護師さんは「摂食嚥下専任ナース」のような資格が作られ、また「嚥下障害はSTの仕事」という通念も定着してSTの数も増え、食事介助はヘルパーさんの仕事となり、一般の看護師はかえって嚥下障害と向き合う機会も知識も圧倒的に低下したように思います。
―食介護、摂食嚥下の分野が特別な方にしか関われなくなってきているのは皮肉な進歩ですね。
添付の写真(※)にもありますが、私たちは「ヘルパー講習会」として、嚥下困難食の作り方をヘルパーさん対象にして講習もしていました。ですが、今ではヘルパーさんも市販の介護食を紹介するようになってしまいました。どの分野も同じでしょうが、進歩すると「専門職」のもの、になってしまうのです。
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↑「いわき食介護研究会」で取り組んでいた、介護ヘルパーが嚥下困難食の作り方を学ぶ「ヘルパー講習会」。専門分野の垣根を越え、ヘルパーが管理栄養士から食べやすい調理の基本を学んで現場で生かしていた=いわき市・2009年(皆川氏の提供写真)
―人生の最後まで食事を楽しめる人を今後も増やすため、「食介護」がさらに発展するために今大切な事はなんでしょうか?
「食介護」全体にはハードは充実したけど、ソフトは低下した、というところでしょうか。情報は十分開かれているので、専門職に対するアプローチは、もうあまりすることはないかと思います。高齢の方が衰えていって「最終段階で何をどう食べるか」は、その方個人の問題であると思いますので、今後はむしろ、一般市民の方に対する講習会などで、地元の方々との関わりを増やせれば、と思っています。
↑新型コロナウイルスの感染拡大防止の応援で、PCR検査の診療に携わった最近の皆川氏=北海道札幌市・2020年5月
【関連情報】
「室蘭・登別 食介護研究会とは」(「みながわ往診クリニック」ホームページ):https://www.minagawa-oushin.com/post/%E5%AE%A4%E8%98%AD%E3%83%BB%E7%99%BB%E5%88%A5-%E9%A3%9F%E4%BB%8B%E8%AD%B7%E7%A0%94%E7%A9%B6%E4%BC%9A%E3%81%A8%E3%81%AF
【市川氏伝記バックナンバー】
「⑧・㊤~会長を継いだ医師に聞く」 2020年8月6日投稿:https://iwakikai.jp/blog/4394/